|
・グッチの歴史 ・ページ上部(商品)へ↑
そもそもは、イタリアを代表する高級皮革製品のブランドであるが、今日では、ファション全般においてトレンドを牽引する超人気ブランドの一つとなっている。ブランドとしてのグッチの始まりは、1881年にフィレンツェで生まれたグッチオ・グッチがロンドンの高級ホテルであるサヴォイホテルでの仕事をやめて、1921年に故郷フィレンツェで皮革製品の店を開いたことによる。最初は旅行鞄と馬具を中心とした皮革製品販売に乗り出したが、徐々に事業を拡大し、ハンドバッグや小物の販売も行うようになっていった。グッチはいわゆるブランド商品の元祖でもあり、その製品の品質を保証する為に、グッチオは初めてデザイナーの名前を入れて販売した。
第2次世界大戦の影響で皮が不足すると、グッチは布製のバッグを発表するようになる。1939年にはグッチオの息子たちが事業に参加し、グッチ一族による事業がスタートする。1953年にはニューヨークにショップオープンし世界的に有名なブランドに成長する。
初期のグッチのトレードマークとなる製品が世に出たのもこの頃である。竹製の持ち手のついた有名な「バンブー・バッグ」はたちまち大人気となる。同時期にグッチ社は、創業者グッチオ・グッチのイニシャルをかたどったGGマークがキャンパス地に織り込まれ、赤と緑の帯が縫い付けられた数々のバッグ類や小物も高い人気を呼び、ルイ・ヴィトンのLVマークの製品と並んで、世界で最もコピーされる商品となった。また、1952年には金具のついたモカシンを発表、グレース・ケリーのためにデザインされた花柄の「フローラ・スカーフ」は1967年に登場する。その頃には事業は急速に拡大し、革製品やバッグ類だけでなく、衣服、香水、デキャンターやグラスなどのホームコレクション、アクセサリーなども販売するようになる。グッチの顧客には、オードリーヘップバーンやジャクリーヌケネディなどが名を連ね、グッチ製品を持つことが社会的なステータスと見なされるようになった。
しかし、急成長を続けてきたグッチも、コピー製品に関する法廷闘争や一族内での利害紛争などで疲弊し、1970年代後半から80年代にかけて行き詰まり、一族経営による企業の改革に苦慮する日々が続く。1982年にグッチ社は株式会社となり、その後経営権がグッチオの孫であるマウリッチオに移ると、彼は1987年から89年にかけてその株式の五十%を投資家グループであるインヴェストコープに売却することとなる。1993年には、マウリッチオは経営権を完全にインヴェストコープに譲り渡してしまう。
グッチ社の株式がグッチ一族を離れて、その経営が外に開かれるようになるにつれ、グッチ社の再建も軌道にのりはじめることとなる。1989年にアメリカの高級百貨店バーグドルフ・グッドマンからドーン・メローが副社長兼クリエイティブディレクターとして招かれる。彼女は、2万点にまで広がりすぎた製品ラインを削滅し、60年代のグッチ全盛期の良質な製品5千点にまで絞り込んだ。同時に販売店舗数も削減して、効率よい流通を実現させた。メローは、60年代風のデザインに現代的なテイストを与え、これまでのグッチでは見られなかったようなローズやレモン・イエローなどの明るい色使いの製品を次々と発表していった。メローは卓越したマーケティング能力と、新たな若い顧客へ訴える鋭い感性で、着実にグッチを再生させたのである。
1994年にバーグドルフ・グッドマンに戻ったドーン・メローの後を継いでクリエィティブディレクターに就いたのがトム・フォードである。トム・フォードは、彼はニューヨークとパリの「パーソンズ」で学んだあと、女性服のデザイナーとしてグッチに入る。そしてクリエィティブディレクターに就いた。
企業としてのグッチグループは、90年代に入り急速に事業を拡大させていくことになる。
(*ファッションブランド・ベスト101より抜粋)
|
|