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ディオール バッグ CPD44191 青
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ディオール バッグ SLO44025 青
79800円
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ディオール バッグ SLO44035 黒
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ディオール バッグ CPD44019 黒
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ディオール バッグ SLO44019 青
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ディオール バッグ SLO44019 黒
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ディオール バッグ SLO44010 青
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ディオール バッグ SLO44010 黒
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ディオール バッグ SLO44009 赤
64800円
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ディオール バッグ SLO44009 こげ茶
64800円
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ディオール バッグ SLO44004 黒
98000円
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ディオール バッグ SLO44002 赤
79800円
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ディオール バッグ SLO44001 青
69800円
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ディオール バッグ SLO43372 青
49800円
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ディオール バッグ OUT44852 青
20000円
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ディオール バッグ SLO44035 青
59800円
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ディオール バッグ LOG44522 黒
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ディオール バッグ LOG44129 赤
37800円
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ディオール バッグ LOG44129 青
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ディオール バッグ LOG44129 黒
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ディオール バッグ LOG44109 カーキ
79800円
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ディオール バッグ LOG44109 赤
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ディオール バッグ LOG44109 黒
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ディオール バッグ LOG44108 赤
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ディオール バッグ LOG43214 黒 
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ディオール バッグ SLO44025 黒
79800円
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ディオール バッグ OUT44851 青
19500円
ディオール バッグ OUT44851 青





クリスチャンディオールの歴史           ・ページ上部(商品)へ↑


クチュール・メゾン、すなわちブランドとしてのディオールの強さには、3つの理由がある。ひとつは、ムッシュー・モードといってよいほど強烈だったクリスチャン・ディオールの存在。もうひとつは、企業体ディオール社のブランドマネジメントの巧みさ。3つめは、後継者たちの才能である。

クリスチャン・ディオールは、モード現象を社会活動の重要な要素として認識させた20世紀後半最大のクチュリエであった。あらゆるフォルムの実験者として、伝統的なエレガンスの演出者として、またプレタポルテの推進者として、さらにはブランド産業の確立者としても注目である。

クリスチャン・ディオールは、ノルマンディー地方の裕福な家に生まれた。パリ政治学院卒業後、画廊で働きながら帽子デザインを描いていたが、1938年、当時評価の高かったローベル・ピゲのアトリエに入り、1930年代後半の女性的でロマンチックなドレスやスーツを制作した。1941年には、リュシアン・ルロンの店に移り、ピエール・バルマンと腕を競い合った。戦争の後遺症の消えやらぬ1947年、繊維産業の実力経営者マルセル・ブーサックの資金援助を得て、独立デビューした。

クリスチャン・ディオールの活躍した期間は、1947年〜57までのわずか10年間であった。このようにごく短い活動期間であったにもかかわらず、ディオールが第2次世界大戦後最大のクチュリエとよばれるにあたっては、やはり「時代との遭遇」を語らざるを得ない。1947年2月の春夏コレクション
で発表した代表作3点を振り返ってみよう。

「ソワレ」は、夜のパーティー用のロープデコルテ。スカート部分は大きな広がりをもつ二段重ねのプリーツフリルでできていた。2点目は、「コロール」(花冠)と呼ばれた黒のウールのアフタヌーン。ボディスは筒型だがバスとの線を描いている。スカート部分にはやはりプリーツが使われていた。
このドレスには、ウール地が13,75メートルも使われていたため、物不足を囲っていた当時の人々の間で話題を集めた。もっとも注目を浴びたのが3点目の「バー」と呼ばれるテーラードスーツであった。広い襟のついたシャンタンの上衣、スカートは細やかなプリーツをつけた黒ウール
を使用していた。きゅっと絞られたウエストが目を引く。アメリカのモード雑誌「ハーパース・バザー」がニュールックとして紹介したのは、この作品であった。

フォルムのうえだけみるならば、これらの作品には特別新しいところはほとんどない。しかし、ディオールの作品がこれほど新鮮な驚きをもって迎えられたなぞを解く鍵は、やはり「時代との遭遇」ということばにある。ディオールは、まだ戦時色を色濃くのこしていた当時のファッション傾向、すなわち直線的で短く、角張ったスタイル、いわば、男性原理に基づく実用美学を拝して、慎みや優しさ、曲線といった「女性美学」を提示した。もう少し長く歴史の尺度をとってみると、20世紀のモードは世紀のはじめ以来、衣服を脱ジャンダー化する方向で進んできたが、戦後はそうした方向への反動として伝統的な価値観の復活を待望する声が高まっていた。ディオールはまさにそういう時期に登場したのであった。

ディオールが、20世紀モードの代名詞的な存在になったのは、むろんたんなる「時代との遭遇」の結果ではない。ディオール自身が、みずからの生きる時代の行く末を見る才能を持っていたからにほかならない。例えば、コレクションごとにメインテーマとかたちを決めて発表するテーマ主義を採用したこと。ニュールック(1947年)に代表されるような8の字モードからHライン(1954年秋)、Aライン(1955年春)、Aラインの対極にあるYライン(1955年秋)、そして晩年の「サックドレス」まで、テーマ主義はモードを組織化していくのに役立った。また、デビュー後直ちに始めたアメリカ進出の試み(1948年、ニューヨークに現地法人設立)も、ディオールの先見の明を表している。

ディオールの新しいブランド・マネジメントの発端は、香水市場へ積極的に参入したことである。(生前に4製品発売)。クチュリエが香水を販売することはシャネルをはじめ1920年代から盛んに行われてきたが、衣服と香水のドッキングは、両方のブランドの普及を助ける効果を持つ。現在では、ほとんどのクチュリエが香水ばかりでなく、アクセサリーや下着を含め、かつては異業種だった各種のエレガンス産業をクチュリエひとりの名のもとにブランド化する戦略を採用しているが、こうしたブランド・マネジメント(総合ブランド化)の道筋を示したのは、ディオールなのである。ディオールは、デビュー後の1947年10月さっそく香水「ミス ディオール」を発売、翌年には「パルファン クリスチャン ディオール」社を設立した。その後は、プレタ・アクセサリーを扱う「クリスチャン デイォール ニューヨーク」社を設立(1948年)、毛皮部門設立(1948年)、ライセンス契約の開始(1949年)、「クリスチャン ディオール タイUSA」(ネクタイのライセンス制作)設立(1950年)、ストッキング手袋部門開設(1951年)、贈答品・食器部門の開設(1955年)、ディオール死後も「クリスチャン ディオール メイキャップ」部門の開設(1969年)と取り扱い分野を広げていった。

しかしながら、現在のディオール・メゾンの繁栄は、1984年に当時35歳のベルナール・アルノー(フランス北部の建設部門の家族企業フェリネル社社長)がブーサック財閥を買収した時点にはじまる。ディオールのデビューを助けたマルセル・ブーサックは、ディオール・ブランドとボンマルシェデパートを所有することで戦後フランスの贅沢産業を主導したが、1970年代の世界的な経済危機と産業界再編の波に翻弄されて1978年に破産、アガシュ=ウィロ・グループに買収された。アガシュ=ウィロ・グループは、アメリカの流通大手コーヴェットの買収に失敗して資金難に陥り、1981年公的再建を申請した。当時の社会党政権は、3万名に近い従業員の運命を救うために4億フランの資金援助と管財人を送ってグループ救済を図ったが、1983年、大幅の赤字を出していきずまった。ベルナール・アルノーは当初、ディオール・ブランドだけの買収を余儀なくされた。高リスクの賭けであったが、いまから考えればこの賭けがあたり、その後1988年、「パルファン クリスチャン ディオール」(ディオールの香水部門)を所有していたLVMHとの駆け引きのなかで、結局LVMHグループ全体の経営権をも獲得して、世界最大のブランドグループを作りあげた。

オートクチュール・メゾンは創業者が引退すると、そのまま閉店するのが通例であった。しかし、メゾンが数千ときには万を超える従業員を抱える有力企業ともなれば、創業者の引退後も引き続き経営を維持していかなければ社会的な責任を果たせない。ディオール・メゾンの場合、創業者ディオールの突然死にもかかわらず発展を続けてきた強さの秘密は、ディオール生存中からイブ・サンローランなど優秀な若手デザイナーを抱えてきたことにある。イブ・サンローランはすでに1955・6年秋冬コレクションから一線で活躍していたが、ディオールの死後、主任デザイナーになってからもモスクワ初のオートクチュール・コレクション(1959年)を発表するなど、ディオールに劣らず進取の精神を発揮した。イブ・サンローラン独立後は、マルク・ボアン(1958〜1989)が長い間、主任デザイナーをつとめた。その後はイタリアの鬼才ジャン・フランコ・フィレ(1989〜1996)が伝統と冒険という2つの戦線でモードの世界をリードした。

1997年からはモード界の異端児と呼ばれたジョン・ガリアーノは、遊びの要素をふんだんに取り入れ、大胆さと洗練とのバランスを巧みに使い分ける作品を発表して注目を浴びている。ジョン・ガリアーノの入店以来、プレタポルテの売り上げは400%の上昇、他の分野(とりわけバッグと靴)も含めディオール・ブランドは未會有の成長を実現した、とベルナール・アルノーはジョン・ガリアーノの才能を絶賛している。

(*ファッションブランド・ベスト101より抜粋)
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